目次

1.今月のことば

2.公文式ってなに!

3.大学受験を終えて

4.教室アラカルト


今月のことば

身近な人にこそ、ていねいな態度を

家族やどもだち・・・身近な人にほど、油断してついそっけない態度をとってしまうもの。相手が「大切な人」だということを忘れないで。
※監修 高濱正伸「ルールブック よのなか」より

公文式ってなに!

こんなところが学校とは違う

「短時間でも集中」式
「時間の長さ」ではなく、「中味の濃さ」

  • 学校では、授業時間が終われば、学習が終わります。
  • 公文式では、一人一人の学習時間は異なりますが、その日の教材を解けば学習は終わりです。「時間の長さ」ではなく、「中味の濃さ」(学習成果)が大切。子どもたちは、ダラダラするのではなく、集中して学習に取り組みます。
  • というのも、子どもによって、集中できる時間の長さは違います。その子が集中できるのは10分なのか、20分なのか、そのあたりを見極めて、その子に合った、学習時間の長さを決めていくわけです。集中する力が「中味の濃さ」(学習成果)を生み出します。

【私の思い】

うちの子は ”集中力がなくて!と” ノートによく御父母が記される事が多いのです。そもそも集中力は熱中力です。小さい時からいかに熱中したものを持つようにするか、又、それを阻止する声掛けや励ましなど邪魔をしないで熱中力を育てていくと集中力につながるのです。

集中力は「年齢×1分」とよくといわれています。公文の学習を毎日する中で集中できる我子の時間を把握してそこから1分、2分と育てていく事が大切です。但し上限は20分位でしょうか・・・・。

「首尾の一貫」式
「飛び飛び」ではなく、「首尾一貫した」学習

  • 学校では、ようやく覚えた頃に、まったく新たな次の単元に移ります。時には新しい単元が、前後の脈絡なしに、唐突に始まることもあります。
  • 公文式では、「プラグラム教材」が、これまでの学習内容と新たな学習内容とをスムーズに橋渡しします。ほんの少し頑張れば、次のステップへ、進むことができるわけです。
  • 段差が大きく急勾配の階段を、常に渾身の力を振り絞って上がるのではなく、段差が小さくて傾斜の緩やかな階段をリズミカルに上がっていくようなもの。準備体操・助走・全力疾走といった具合に、リズムに乗って、学習が進みます。常に学習した内容を定着させることで、先へ先へと確実に進むことができます。

【私の思い】

公文式は 学校と違い、まず“出来ること”を重視します。そして学校で、その理由を学んで“わかる”段階へといきます。

ですからあんなに学習したのに忘れてしまうという子も多いのです。しかし、ちょっとで“あっそうか”と思い出していきますし、学校の将来まで理論を学ぶと、その場ですぐ理解と定着へと進めるのです。ですからコツコツと自己学年より上のレベルを学習していくと効果が実感できるのです。

こんなところが学校とは違う
「必要最低限一直線」

  • 学校では、学年ごとに、教わる内容が沢山有ります。
  • 公文では、高校(大学)の時に必要とされる力を目標として、それ以前の学習内容を絞り込んでいます。高校(大学)まで一直線の「プログラム、教材」です。
  • シェイプアップした教材によって、学校課程一年分を、平均的には8か月程度で終えることができます。

【私の思い】

1年に1.5教材進む、これが公文の理想的な進み方です。そしてその方式でいくと小学6年でJ教材(高校1年1学期分)を学習するということが可能となります。一般的に親は、まず中学のテスト得点を取ってほしいと願いますが、片目を高校入試対策、片目を大学入試へと視野をひろめていく事が大切です。

私の理想は(公立なら)・・・中1、中2で自力で自分の勉強法を確立し、一方公文で高校の先取り(少なくともL教材)をしておいて、中3で進学塾へ行って、応用的問題を数多く解いていく・・・

このスタイルを確立した子が国立大学への道を手にしているのを数多くみました。公立トップ高の末㟨になるより三、四番手の高校でトップとなる方が納得いく大学へと進学するということも多々あります。

大学受験を終えて

弘前大学医学部医学科 H.S

僕は父がイギリス人、母が日本人のいわゆるハーフで、4歳から小学校卒業まではインターナショナルで育ちました。小学校高学年あたりから将来は日本の大学へ進みたいと思い始め、中学から併設する日本の中高一貫校に編入して、一浪の末今に至ります。中学からいざ日本の教育を受けるとなると、小6の時点でそのために必要な学力が足りないことに焦り、弟が小さい時からお世話になっていた清水先生に母が相談させていただいたのが、僕の公文の学習と清水先生との出会いです。すぐに国語と算数からスタートしました。

国語においては、それまでの学習は全て英語でやっていたので、僕にはきちんとした日本語の力、読解力がありませんでした。漢字はある程度やっていましたが、文章をきちんと読み理解するのに、最初はかなり苦労して大変だった記憶があります。壁にぶつかる度に清水先生に励ましていただき、時には褒めていただき、なんとか学習を進めることができました。この時に培った読解力はその後高校に進んでからも、大学受験の際にも本当に役に立ったと思います。

数学(算数)も、本当に簡単な計算からのスタートでした。周りの皆さんと比べてもかなり遅いスタートなので、最初はスピードもなく時間もかかりましたし、段々難しくなってくると、集中力もなかなか続かない時もありましたが、少しずつですが、確実に計算力がついたように思います。

最初にも述べましたが、僕の場合は少し特殊な環境で、しかもかなり遅いスタートだったのですが、公文をしていなかったら、そして清水先生と出会っていなかったら、今の僕はないと思います。公文を辞めた後も清水先生に何度かお会いして、沢山貴重なアドバイスをいただきました。

僕の場合は、高校の途中から急遽志望を医学部に変えて、受験のハードルをさらに上げることになったのですが、その際も先生は何とかして合格につなげようと親身になって相談に乗ってくださいました。僕も母も先生のエネルギーに力をいただいて、無謀とも思えたチャレンジでしたが、なんとか一浪の末合格を手にすることができました。

僕の経験が直接皆さんの役に立つことはないかもしれませんが、今回この原稿のオファーを頂いて、改めて公文での経験を振りかえり、順調に進んだことも、途中投げ出したくなったこと、わからなくて嫌になった事を思い出しました。でも、きちんと毎日それでも続けてブレないことが、きっと自分の自信となり、将来の夢の実現につながると思います。どんな困難な状況でも簡単に諦めないことは大切だと思います。

僕も医学部には入ることができましたが、やっとスタート地点に立ったばかりなので、一生懸命に勉強して立派な医師になれるように頑張りたいと思います。

H君は弟が小野原教室に通っていた時(弟は遠方通塾でした)自宅近くの公文に通っていました。インターナショナルという特殊な学校(自宅校区の公立小を一般的と考えるなら)に在宅していた彼にとって英語の力を家と学校でより磨かれるという点ではとても良かったのですが、日本語(国語)と算数(数学)に於いて悩み多き小中時代のようでした。

転居に伴い 弟と一緒に小野原教室に通うことになった時、彼の志望は日本とイギリスを結ぶ建築関係の仕事でした。ですから自分の夢に向かって数学と国語の出発点は低くそして又、遅い年齢からの学習開始でしたので(弟よりも進度がはるかに下)かなり大変でしたが持前のエネルギーで一段一段、上に向かって登っていきました。

その間のお母様のサポートはとても素晴らしく、息子と共に(特に思春期に入って難しい時も)私と連携を持って歩まれました。そんな日々の中、突然、医学部にいきたいと高校生になってからいい出し、周囲はあわてたものの、ではどうしたら・・・と私と本人とお母さんとで考えたものでした。幸い英語はできていたので重要な数学、国語にエネルギーを注入しての一年、しかし残念ながら浪人生活に入ることになりました。その時も三者で浪人生活の心得について十分認識し本人だけでなく母としてどのようなサポートをすべきかなど私の経験も踏まえてしっかり話し合い、一年間の学びのスタートにたちました。

無事、医科大学に入学した時の三人の喜びは、想像できるでしょうか、振り返ってみるに、低い出発点、おそい年齢の学習開始というハンディにめげず日々夢にむかって闘った本人、そして、何よりお母様の迷いのない支え、一貫して信頼しての祈りにも似た心遣い、浪人に入った時も盤石な基本を作って有った事等が勝因でしょうか。

今、彼はお母様の実家に近い東北の弘前で頑張っています。将来は日本とイギリスを結ぶ医師として活躍してくれるだろうと、私は期待しています。

教室アラカルト

たかが公文、されど公文

中学入試、高校入試、大学入試、それぞれの曲り角で今までの盤石な公文の基礎の上に、塾で学んで入試を突破した子が次々と報告に来てくれました。そして、中高の子は公文をまた始めました。

  • 中学入試組
    • 関西大倉、金蘭千里、神戸女学院、甲南女子、同志社女子
  • 高校入試組
    • 池田、茨木、北野、豊中、箕面、山田
  • 大学入試組
    • 九州大学、京都工芸繊維大学、神戸大学、東京大学、立命館大学 ・・・(五十音順)

中学受験組は、塾へ行かなくては・・・とうずうずする心を押さえて、小5からの2年間に塾通いを絞り、そのかわり小4末までに進度をぐんとアップさせた事。公立中学出身の子も中3の1年間は塾通いという“それで大丈夫?”の気持ちをかかえながら入塾まで高校教材(L)を学習してくれた事、又 進度アップしないやる気の出ない我子をどうしようとやめるという話を押さえて継続の道を探した親だったのです。先々を心配して早めに塾に行った子は入学する事に全力を使い切ってしまうという傾向を今年も見ました。

公文公会長は高校で成績が伸びる子を目指して公文教材を作りました。しかし、高校教材へいくまでは幼児、小学生にしてみれば遥か遠い!それでも今学校でのテストが点数として出なくてもいつ大学入試の時必ず出ると信じて学習した子達なのです。近年当教室では数英国共に最終者が次々と出ています。「やっててよかった公文式」という親の苦労が結実したのが、今春の合格者です。

皆さん頑張ってください。18才の春、人生を選べる子にしようではありませんか!