目次

1.今月のことば

2.公文を学習して僕が身に付いたこと

3.入試は「書く力」を問う流れに


今月のことば

知らないまま、わからないままにしない。

知らないことは、恥ずかしいことではない。知らないままにしておくことが、恥ずかしいこと。聞いたり調べたりして、「知っていること」を増やしていこう。
※監修 高濱正伸「ルールブック よのなか」より

公文を学習して僕が身に付いたこと

金沢大学5年 Yさん

皆さん、はじめまして、金沢大学医学部5年生のYと申します。 今回、教室だよりを
任されて、自分が公文を通じて学んだ事や得た物を書いて行こうと思います。毎日、公文の教材をすることが大変だなと思っている生徒さんの励ましになればと思います。

そもそも僕が始めたきっかけは・・・あまり覚えていません(笑)。幼稚園年少の頃でしょうか、物心ついた時にはすでに公文に通っていました。ただ、兄がやっていたから自然と入会、といつた感じだったと思います。国語、算数、英語の3科目をしていて、小学校3年生には3つ上の学年の教材(GやH)をやっていました。その後、中学受験中は、お休みし、中学生になってからは高校2年生まで数学だけ続け、最終教材までやりました。

公文教室に通っていた時、特に小学生の頃は、とにかく、間違いが、多かつた記憶があります。記述がわからなくて泣いた事もありました。数学の筆算がわからなくて、清水先生に枚数を減らして欲しいとお願いしたところ、口を開く前にダメといわれ、そのまま心が折れて泣いてしまった事もあります。

そんな風に四苦八苦して僕が公文を続けて学んだことは沢山ありますが、その中でも最も役立ったことは、“自分で考えること、そして自分で答えを出す大切さ”です。皆さんが、これから絶対避けられない、受験勉強ではこの力がとても大切なのです。特に、この力が有るか無いかで、大きく差がつくのは、大学受験なのです。大学受験では、自分で進路を決めて、自分で志望大学を決めて、自分で科目ごとに勉強時間を割り振って、教材や参考書を自分で決めて、勉強しなければなりません。

公文の教材をこなしている中で、この力がつくのです。どうすればこの問題が解けるのか、自分はどこを間違えたのか、これから間違えないようにするにはどうすればいいのか、といった学習に必要な過程を、こなす中でそんな力がつくのです。毎日の公文がそんな力を、つけるなんて考えられないと思うでしょうが、僕は、日頃の学習や受験の時に、自分で考えて勉強することができたのは、公文の毎日学習の効果かなと、今振り返って、思います。

そして、受験勉強以外に、自分で考えて答えを出す力の大切さがわかる時があります。それは“正解のない問題”に直面した時です。例えば、手術をしたくない患者さんがいたらどうしますか。手術をすれば治るけれど、したくないという方は少なくありません。手術するように説得しますか?それともお薬で治しますか?

正解はありません。ですが、答えは出さなくてはいけません。自分で考え、様々な事に苦悩しながら、判断をすることが大人になった時には必要となってきます。その時のための練習を、正解ある公文の教材で、日頃の勉強でしていたのだと僕は思っています。

公文の教材は枚数も多く、大変だと思います。ですが、きっと将来の自分を助けてくれる力を育ててくれます。しんどくなったら、先生に相談して下さい。そして、自分にとって、納得いくところまで、頑張って下さい。

最後に、辞めたいと言っても、受け入れず、何とか続けさせてくれた家族に感謝します。

幼少の頃からお兄さんと一緒に通ってきたY君、彼は物事をするにあたって“一切言い訳をしなかった子”という思い出です。兄弟の仲もとてもよく、いつもお兄さんと2人じゃれあう感じで入室し、プリントに向かっていました。

私はこの思い出の記を読むと、“泣きそうになった、泣いた”とありますが、いつも“歯をくいしばって取り組んでいた子”との印象しかありません。一番思い出深いのは、今はコロナで、実施していませんが毎年していた“暗唱大会”の一場面です。その、大会の日、ちょうど空手の試合と重なって、しまいました。通常の子は“試合が有るから出れません”の多い中で “プログラム1番にして欲しい。”そう言って、道着のまま堂々と暗唱台にのって詠んだのです。

公文を中学入試で休みまた、入試後直ぐ復帰、高校2年で終了するまでは、中学生にありがちな“宿題は出来ない、学習は教室だけ”とのパターンになっても休まず教室分だけは集中して3~5枚はしていきました。

入試が迫ったある日、私との会話で“どこの医学部を受けるの?”、 “うーん岡山かな?”と言った時、私は我が母校を推薦し背中を押しました。しかしまさか、それを受け入れ金沢大学医学部にしたという報告を聞き、大いに喜んだ私でもありました。帰省した時、時々教室を訪ねてくれて、故郷金沢の話をするのも楽しみの一つとなっています。

とにかく、宿題が出来なくて 枚数が少なくても、何一つ苦言を出されなかったご両親には今でも頭がさがります。公文という1つのことをやりとげる為には、ご家庭でも大いなる公文戦争がおこると私の経験から想像できます。最終までやると単なる進度のみでなく、そこに行くまでの苦難の道で鍛えられる諸々の精神的なもの、それは振り返ると大きな力となる事は彼の、作文からもわかります。どうぞ、こんな経験話を特別の物として思わないで、我子を支えるためにはどうしたらいいかを考えてみてください。

入試は「書く力」を問う流れに

大学入試改革で書く力や表現力が叫ばれています。

今の小中学生が大学受験する頃には(いえ、中学入試、高校入試でも)書く力が要求されます。そして、その力の土台は、まず、読む力、しかし、読む力だけでは太刀打ちできません。

そこで私は小5、小6の会では、書く力を養成したいと考え、今実践中です。やはり読む力がしっかり着いている子は書く力を伸ばすのに少しの訓練しか要しません。小5、小6でこれ位の文を書ける子、私は感動しています。今月も素晴らしい作文を御紹介します。

今月は「過去や未来にタイムトラベル」という題目でした。

小5Y・N君 (公文国語 I教材 学習中)
ぼくは、過去の経験を活かして生きていきたいです。なぜなら、過去の経験が未来に活かせると思うからです。

ぼくは、このような事を経験しました。学校の理科のテスト勉強をさぼってしまい、70点という悪い点数を取ってしまいました。とても落ちこみました。でも、自分がやらなかったので、自業自得だなと思いました。取ってしまったものは仕方がないので、同じことを、くり返さないよう、努力していこうと思いました。ぼくは、毎朝できなかった問題をくり返し、できるまで練習をしました。すると、次のテストでは百点をとることができました。

このような経験は、いろいろなことにも関わると思います。ぼくは、学生生活での人間関係や知識、経験、学んだことを、大事にして生きていこうと思います。過去に失敗したことは、全て無だではないと思うからです。失敗した経験をどう活かすかで、この先、長い人生が、変わると思います。

小5K・Yさん、(公文国語 G1 学習中)
私は、未来を予想することは、過去をふり返って考え直すことだと思いました。なぜかというと未来を知るためには過去の記憶をよみかえらせないとできないからです。

私は最初大縄とびがとべませんでした。でも何回もくり返し練習することによってだんだんと、飛び方がわかるようになり、飛べるようになってきました。それは、過去の経験をふり返って未来にいかすことができるようになったからだと思います。

私はこんな風にまだ苦手なことがいっぱいあります。それは鉄ぼうのさか上がり、今だにできないのですが失敗をふり返りながら未来の成功を予測すれば上達できるのではないかと思います。過去の経験をマイナスに考えるではなくプラスに考えるといろいろな事ができるのではないかと思います。

私はこれから過去、現在、未来を“タイムトラベル”をして冷静に考えてみよう思います。過去と現在と未来はそれぞれが別に存在しているようみえるが、実は全てがつながっています。だからこそ今を後悔しないように一生懸命、生活したいと思いました。

小6R・I君(国語中学課程テスト合格)
私は今は「やっててよかった公文式」と言えるような生活を送りたいと考える。

毎日の宿題に追われ、自分のやりたい事もできず、1日が終わってしまう日もある。勉強なんかしたくない。しかし、親はガミガミと迫る。中学生活も不安だ。勉強についていけるだろうか。

苦しくなった時、中学課程終了の盾が私に力をくれる。この盾は私の努力の結晶だ。何度もくじけながらもここまで続けてきた。この盾を見ると幼い頃の私を思い出してふと笑顔になる。そしてまた、もう少し頑張ってみようかなという気持ちになる。

公文の先輩達は口をそろえて「やってよかった公文式」と言う。全く信じられない。しかし、彼らも自分と同じような経験をしながら着々と歩んでいったんだろう。がんばり続けることにより、明るい未来が待っているようだ。私には、まだはっきりとした夢はないが、やりたい事ができた時、それが実現できるよう、今は歯をくいしばって、がんばるしかないようだ。明るい未来を得るために。