目次

1.今月のことば

2.公文式ってなに〜不徹底になっていることを徹底する教材〜

3.孫育て進行形~公文戦争の昔を反省しました~


今月のことば

信用こそ人生の第一義かりそめにも人に当てにせらるる人にあらざれば、なんの用にも立たぬものなり

読み方

しんようこそじんせいのだいいちぎかりそめにもひとにあてにせらるるひとにあらざれば、なんのようにもたたぬものなり

意味

人生で大事なことは人から信用されることであり、それがないと世の中の役に立つことはできない、と諭吉先生は言っています。同時に信用や信頼は自分から求めることが大切で、自分の価値を知ってもらうためにちゃんとアピールすることが大事だとも言っています。自信を持って自分をアピールするためには、万全の準備が必要になってきますね。

※福沢諭吉「学問のすゝめ」より

 

公文式ってなに

〜不徹底になっていることを徹底する教材〜

公文式創始者 公文公の言葉
世間と同じようにやれば世間と同じような効果しかあがりません。当会は世間では不徹底になっていることを徹底的に取り上げているために、こんなに効果があるのだと言えます。

子供の学力向上という面に関して世間で不徹底になっている事と言えば、その筆頭が「読み書き計算の練習」であることは、それこそ世間が認めるものだと思います。
こんなに「読み書き計算」が大切だと言われていても、頭で「そうそう」と頷くが毎日実践しているかというと日々の雑事に流れて中々出来ないのです。
公文式は高校で苦労しないために「どうしても欠かせない内容」に絞って練習を積んでいます。公文は学校と同じでないから採用すべきでないと考える人もいるようですが、そういう人は、大多数の子どもがその「どうしても欠かせない内容(読み書き計算の基礎)」を確実に習得するには学校での練習だけで十分と考えているのかもしれません。しかし一方学校での練習量だけで足りる子はかなり稀であることをご存知ないからそういう事を言っておられるのだと私は考えます。
公文式の教室では、読み書き計算の基礎を手始めに、中学・高校の勉強で最も比重の高い部分に繋がる内容を日々念入りに練習します。だから、だんだんとよく出来るようになり、中学・高校で苦労しなくて済む力が確実に培われていきます。
世間と同じであるかどうか、学校と同じであるかどうかなど、子どもの学力を引き上げ、その能力を最大限に伸ばすという目的の前では些細な問題です。この目的をモット効果的に達せられる方法が公文式以外にあれば、私達もその方法を見習いたいものだと思います。
同じ番号の教材をもらった時こそ成長のチャンスです!!
もうお気づきですね、高校で苦労しないために必要な練習量は、個人差があります。そこで目安としているのが、「標準完成時間」です。1枚1~2分とか、3~5分などと難易度によって設定されています。統計上“その時間内に100点に出来る力があれば、次の教材に進んでも十分理解し処理できる”可能性が80%という目安です。

“量が質をあげる“といわれています。多くの量をすればある日突然質が向上されて成績があがるのです。勿論、お子様によっては量を必要としない子もいます。そこで学習終了時にはいつも、その日の学習の振り返りと、お子様の意志(進んでもできそう、もう1回やっておきたい、モット易しいところがやりたい・・・等など)を確認しながら宿題を渡しています。

 

孫育て進行形~公文戦争の昔を反省しました~

今年のお盆休み、約10日間息子たちの家を訪ね、旅行をしたり出かけたりと日頃の骨休めをしました。
その時の事です、毎日する 孫達の公文(小1と4歳)、数英国の学習を日頃お嫁さんが大変だろうと 私が手伝うこととなりました。

珍しい人(私)との学習ですから 孫達もやる気は十分です。しかし、それも初めだけ、やはり 自分より上の学年を越えた内容となると疲れてきて,取り掛かりも悪ければ、手の動きも散漫になってきます。それを 何だかんだと励ましたり、大変さに共感したりして何とかやらせました。

そうそう、思い出しました。私は夏休みに入る前、さあ旅行だ,実家に行くぞ!と意気込み、今こそ公文やらせられるぞ、沢山やらせよう!と燃えたものの、結果は散々な日々。
三人の子への毎日の公文、一人が一生懸命すれば、一人はぼんやりし、一人は走り回る、本当に疲れた日々を思い出しました。私流に言えば 毎日の公文戦争を!

“お母さんが公文の指導者をしているから 〇〇ちゃんは公文やめたのに私はやめられない”と泣いた長女、“公文していると遊べない、もっと遊びたい”と泣いた次女“そんなら遊ばれないようにしてあげる”と次女の髪を切った私・・・・。
今から考えると、何と、まあ力の入った戦いの日々だったでしょう。

孫にさせている私は昔の私と変わっていました。
相手が拒否しても、間違えても 全ての対応がゆっくりと余裕ある接し方。解らないと云えば、解る工夫をしている私、取りつきが悪るければ頑張ろうと思う気持ちを起こさせようと穏やかに声をかけている私・・・ウーン、昔と全く違いますね・・・・。
それは孫だから??イエイエそれは違います。それは我が子を優秀にしたお母さんと接してきたからだと思います。
その方たちは 子どもは“認める”“ほめる(叱らない)”“待つ”“焦らない”“腹を立てない”を基本にして子育てされていました。学習しているその努力を誉めてやる、学習し終った後の大げさなハグ!優秀児を育てたお母さんはそんな事を沢山されてきたお母さん達でした。

私は我が子にはそんな事をする事が大切だという事すら知らなかったのです。
でも、孫達にしている私がいました。

息子とお嫁さん曰く、“お母さんとすると公文もさっさと終わるけど・・・どうして?・・・”と。