目次

1.今月のことば

2.創始者の言葉

3.合格体験記

4.私のつぶやき

5.3学年先の意味


今月のことば

~ 大谷翔平選手のことば ~

1.イラっときたら負け
2.やれるかやれないかではなく自分次第
3.失敗は成功への通過点
4.悔しい経験がないと嬉しい経験もない
5.感謝の気持ちをわすれない
6.先入観は可能を不可能にする
7.無理だと思わないことが一番大事無理だと思ったら終わり
8.成功するとか失敗するとか僕には関係ないそれをやってみる方が大事
9.人って変わる時は本当に一瞬で変わる

創始者の言葉

計算練習を通じて、自分自身で意味をつかみとる経験を

公文式では、例えば分数の学習において、あえて分数の意味の説明をせずにその計算練習に入っていきます。それには理由があります。

初めての課題でいくらていねいに意味を説明されても、子どもたちにとっては、ピンとこないことがよくあります。むしろ説明がわからないために、とても難しいものに感じられて、学習が思うように進まないという場合のほうが多いのです。

ところが、子どもたちは、分数の計算をらくにこなせるようになると、分数はどんな意味をもつものであるかを、説明される以上にずっと深くつかみとれるようになるのです。これが、私たちが意味を教えるより先に分数計算を速く正確にこなせるようになることを大切にしている理由です。

最初は何のことなのかわからなかったのに、学習を進めていくうちに自分のものにすることができたという実感は、自習力養成のために必要なことなのです。

分数計算のできない中学生が増えています。教室を訪ねてくる中学生の最近の傾向です。方程式の移行のルールはわかるのに、分数や少数が混じると全く対応できなくなります。

通常の四則計算、分数の四則計算はトレーニングです。理屈ではありません。スラスラと鉛筆が動くまでトレーニングする必要があります。

四則計算の土台を固めないで応用問題にとりかかることはできません。理論は授業で!「なるほど、わかった!」からすぐ「できる!」に結びつくのがKUMONNの算数・数学です。

合格体験記

高校受験を通じて公文について思ったこと 豊中高校S.T

僕が公文を始めたのは、小学1年生の時です。僕は小学生の頃公文で英、数、国の3教科をしていました。中学生に入ると部活や外部のラグビーで忙しくなり、自分の中で公文の英語と国語は本当に意味があるのかと分からなくなり、自分が苦手というのもあって、英語と国語を逃げるように途中でやめ、数学だけ続けることにしました。この「苦手からの逃げ」は高校入試に大きく影響しました。

英語では、定期テストで思うように点が取れず、とても苦労しました。大阪府の高校入試は英検の2級をとっていれば点数の8割が保証されるので何とかなりましたが、大学受験ではきっと苦労すると思います。

国語で苦労したなと思うことは、点数が安定しないことです。私は高校受験のために中2末で塾に入りました。最初の3か月は国語のテストのテクニックを塾で教えてもらい点数がかなり伸びましたが、そのあとはいまひとつ点数が伸びませんでした。

そこで国語の偏差値が高い、塾の友達に国語の解き方を聞くと、驚くことに特に塾で教えてもらったテクニックはほとんど使っていないというのです。これはどういうことなのかとさらに聞き進めると、実は公文をしていたというのです。

問題文を精読してから問題を解くというのが彼の解き方でした。この「問題を精読する力」は公文のおかげと言っていました。わたしは国語をやっていればと後悔しました。

この2教科に比べ数学は最後まで続けていたので、高校入試の図形問題などは塾での復習に力を入れ、また公文で養った忍耐力のおかげ乗り越えることができました。そして数学は自分の中の得意科目になりました。

これらの経験から学んだことは”苦手から逃げてはならない”ということです。皆さんも迷ったらしんどい方を選びましょう。必ずやってよかったと思う日が来ると思います。それを最初に経験するのが公文だと思います。公文をしていて辛くなっても諦めずにやり続けてみてください。必ずやっていてよかったと思う日が来るはずです。

また、私は「環境」はとても大切ということもわかりました。というのも私は3年生の夏休み終わりに3か月ほど入院しており、その時私を清水先生は支えてくれてとても助けてくれました。とても感謝しています。

そして友達とは学校の登校中に問題を出し合い知識を深め合いました。予想した問題がテストに出た時もありましたし、問題を出し合うことで相手の進捗がわかりとても刺激を受けました。とてもいいモチベーションになりました。清水先生の言う通り”勉強友達”は持っておいたほうがいいと思いました。

最後に、入院してしんどい思いをしたのに受験勉強をやり切った自分を褒めてあげたいです。
皆さんもしんどくなったら清水先生に相談してみてください。必ず助けてくれると思います。この一瞬の学生時代で長い人生が決まると思います。僕も目標に向かって最大限の努力をします。一緒にがんばりましょう。

私のつぶやき

Tくんはじめ、高校入試をはたした人が何人も公文への復帰を宣言して戻ってきました。そのどの子も”さあ、次は大学入試だ。

この3年間をどうすごそう”との考えから、ある意味同志捜しの復帰です。
高1で大学入試(または自分のこの先)を意識する者18%、高2で48%、高3で100%といわれています。”先んずれば人を制す”の諺どおり、彼らは高校をひとつの関門としか見ず、この先を見据えての”公文の扉”たたきのようです。

そこで私は言います。
「○○くんは△△大学へ」
「えっ、そんな高いレベルの大学?」
「何言ってんの。3年もある。3年頑張って出来ないことはない。偏差値30から東大へいった人もいる。綿密な計画のもと目標を決めて頑張ろう!」…と。

彼らはそれにこたえようと努力を始めました。まず数学は公文の○○教材を△△月まで!最終は○○に!英語は、英単語を多く身につけるには・・・英文法は・・・長文は・・・国語は・・・社理は得意分野を1~2年後に決めよう、と。

そして受験勉強に大切なのは勉強友だち。学校の帰りに新設された御堂筋線の阪大図書館に集合。公文のある日は”公文教室に集合”それぞれが今の気持ちを持続するための工夫に入ったのです。

成長中の彼らを、私は見守るだけ。何か不足があれば採点アルバイトの公文の先輩大学生(殆どが当教室で学んだ大学生)にその経験を聞いて改善。そんな日々が展開されていす。

先をみつめて満足いく我が道をいくために、頑張れ高校生!

3学年先の意味

3学年先って?公文は入会した当初は学年よりずい分低いレベルからの出発点をとります。それは毎日学習する習慣と、作業をたくさんしても平気な手を作るためです。そこから学習を始めて、やがて自己学年に辿りつきます。

そしていよいよ学年を越した内容に入るのです。それまで半年、1年かかる子もいます。しかし学年をこしたころから次第に毎日の公文がつらくなります。今までほど枚数はできない、時間もかかる、すらすらできることもなくなる。そんな日々に子ども達は忍耐力、持続力など見えない学力をつけていきます。ほとんどの子が時に”やめたい!”を口にします。

しかしそこが勝負どころです。こうした日々のあとに3学年先の学習レベルに到達するのです。この子たちが手にしたのは、単にオブジェたけでなく、学校より先へいく(予習学習)ことにより授業がわかりやすくなっていること、テストの点もそこそこ取れるようになっていること、何よりすごいのは視野が広くなっていることでしょうか。

こうして3学年先を越して、4学年先、5学年先へと挑戦し、そのつらさしんどさを乗り越えた子が最終教材へとタッチするのです。

そして、私の願いである、18才(高校3年生)で自分の進むべき道を選べる人になっていくのです。何をして人生をわたっていくか、選べる人はきっとその道を突き進んでどんどん積極的に人生をわたっていくことでしょう。その一里塚。それがオブジェです。

これを手にした人は、今までの自分を褒め、そしてこの先への挑戦をやめないでください。おめでとうございます。このオブジェのうしろには当然御父母の支えがあったのです。お父さん、お母さんに感謝しましょう。そしてさあ、新たな挑戦で歩を前に出しましょう。

そして、まだ手にしていないあなた。
来年の3月末、自己学年より3学年先の教材をしていくために頑張ってください。応援します。